外国の時計の歴史

16世紀に時計産業が栄えていたのはフランスとドイツ

16世紀になると、フランスのパリや南ドイツのアウグスブルクは交通の要所となっていました。そこから様々な情報やモノが集まっていましたが、中でも時計は価値の高いものでした。時計の需要が増すと同時にフランスやドイツに時計職人が集まるようになり、時計産業が発展していったのです。

また、当時のフランスやドイツにはジャン・カルヴァンやマルティン・ルターといった宗教改革者がおり、プロテスタント派が力をつけていました。プロテスタント派は仕事に励む事に対して肯定的な宗派だったので、ますます時計産業が栄えていきました。

しかしその後フランスではユグノー戦争、ドイツでは三十年戦争という宗教戦争が起こり、その影響で時計産業は衰退してしまいます。この宗教弾圧により、17世紀になると時計の技術はフランス・ドイツからイギリス中心になっていきます。

スイスの時計産業が発展するのは17世紀後半

16世紀頃のスイスでは、エナメル細工や彫刻といった宝飾細工が盛んに作られていました。当時のスイスでは美しい芸術品にこそ価値があると思われていたので、時計のような実用品は注目されず、時計産業が発達し始めたのは17世紀の後半でした。

また、時計の発達が遅れたのは宗教的な理由もあります。スイスはカトリック派が中心であったため、プロテスタント派が中心であったフランスやドイツとは価値観が合わず、フランスやドイツから時計職人がやって来てもスイスでは浸透しづらかったのです。

その後1735年に、ジャン・ジャック・ブランパンという人がスイスで時計ブランドを立ち上げました。ブランパンは、世界で最も古く歴史のある時計ブランドであると言われています。その後次々と時計職人が工房を開設し、スイスでも時計産業が盛んになっていきました。